慈恩寺

正式名:華林山 最上院 慈恩寺
宗 派:天台宗
所在地:埼玉県さいたま市岩槻区慈恩寺139
備 考:坂東三十三ヶ所観音霊場の十二番札所

【改修工事のスタート】

平成25年10月、法類の長久寺ご住職・清水様(後に工事統括管理)同行にて屋根瓦葺替工事検討中であった慈恩寺本堂の下見に出向きました。170年風雨に晒された本堂は、老朽化しており、一目でかなり深刻な状態であるのが判断できました。特に屋根周辺の痛みが激しく、軒は下がり、瓦は風化し妻壁より漏水、酷いところは穴が空いている状態でした。私の目には、瓦を替えるだけでは、この先100年、200年は持ちこたえられないことが明らかでした。協議の結果、まずは調査をおこない今後どのように改修工事を施工するのかを委託されました。


【調査工事】

平成26年1月より2月末まで全体調査工事に着手。正面向拝と側面の妻足場を架けて軒廻りと妻壁、破風、屋根瓦等の調査。斗組、壁板、濡れ縁、床下の柱脚部分等の腐朽状態の調査、それから床の不陸、柱の傾斜の有無を実施しました。調査の結果、気がかりであった屋根を支える小屋組内部は、部材が細く、部材同士がしっかり組み合わさっていない危険な状態であることが判明しました。さらに、耐震性確保に重要な外壁はその機能を失い、建物を支える基礎周りも老朽化が進行していました。

全面調査の結果、弊社では建物内部はほとんど手を加えず、瓦の葺替、軒先、小屋組、外壁塗装、濡れ縁、基礎の補強も含めた改修工事を提案しました。
 
平成26年9月より各工事の業者選択に入り、工程表順に2~3社より見積書を取り内容を吟味し決定発注に進みました。


【改修工事の概要】

1.仮設工事:
本堂内使用のため、本堂全体覆い屋根を鋼製足場で接地
 
2.解体工事:
屋根瓦、小屋組、濡れ縁(妻飾、茅負、裏甲)
 
3.基礎工事:
建物を安定させるため、濡れ縁、向拝部分も含む床下全体にベタ基礎工法で施工
 
4.外溝工事:
雨落部分は玉砂利敷(縁石設置その周辺は砂砂利)
 
5.石工事:
向拝土間を御影石貼りとし、沓石、雨落縁も新設
 
6.屋根工事:
耐寒一体瓦本茅とし、鬼瓦等も全て新規製作。各棟には補強金物を設置する。
 
7.木工事
屋根勾配を七寸まで戻し、妻飾り部の意匠を一新。大梁より上部の小屋組を新設改修する。軒廻りは茅負、裏甲を取替え、化粧垂木も部分取替し、化粧隅木を元の位置まで持ち上げ、屋根意匠のバランスを安定させる。
向拝の唐破風部分は既存を残す。
◎内法材は、敷居、鴨居の取替、長押等も全て新規取替とする。
◎耐震壁の新設は既存が板壁なので外側に間柱をつけ構造用合板貼、モルタル塗、漆喰調の吹付をし、耐震壁とする。
◎濡れ縁は全面新規取替とし、高欄の意匠も一新する。正面階段段木も今回はムク材で新規取替とする。
◎柱脚部分腐朽箇所は根継し、ジャッキアップで不陸調整して出来るだけ床を水平にする事で柱の傾斜も改善させる。
・また、鉛板を巻いて保護をして固定させて沈下を防ぐ。
 
8.左官工事:
モルタル塗で壁の強度を増し、漆喰調の吹付をおこなう。
 
9.建具工事
正面唐戸は板唐戸に変更し、軸摺金物鉋金製とし、開閉を軽くする。側面の舞良戸出入口は中にアルミサッシを入れ、内障子と3連建とする(室内の防音、保湿対策として)。 格子窓はハネ上げ式として吊金物で固定する。
 
10.塗装工事
新規部、既存部ともに耐候性や環境にやさしい成分をもつ植物性の天然木材保護塗料に決定する。
 
11.錺金物工事:
妻、破風板錺、唐破風錺、隅木木口、銅板打出し、金箔押とし、長押六葉、唄金具は唐金製金箔押しとする。
軒樋は、落葉等でつまる原因となるので基本的にはつけない。向拝は出入口になるので軒樋を設け7■■縦樋とする。


以上が調査工事からの改修工事概要とし、次に図面作成に進みました。
 既存本堂の実測図面10枚、改修工事用図面34枚、計43枚を5ヶ月で完了。図面完成後、施工業者の選定作業に移りました。各方面からの推薦もあり、7社選出するも最終的には3社より見積提出がありました。慈恩寺本堂は一般的な本堂の約2倍、間口10間半×奥行き約10間、約120坪の広さを誇っていますが、この時点で設計予算とは1億円以上大きくかけ離れた予算オーバーの見通しとなりました。予算内でどこまでできるか?
協議の結果、弊社は設計および工事施工監理および業者選定、各工事の発注者は慈恩寺となる「お寺さんの直営工事」が決定しました。ここからは平成27年より工事着工予定で工程表作成に進みます。


【慈恩寺本堂改修工事組織】

・各工事の発注者:宗教法人慈恩寺
・統括責任者:長久寺住職 清水実雄氏
・設計および工事施工監理および業者選定業務:「池田社寺建築設計事務所」
 
私・池田にとっても前職を含め実務経験は25年以上あり、それなりの自信はありましたが、改修工事は、フタをあけてみなければそのリスクはわからず。特に気を使ったところは工事費が弊社から提出した予算内で品質を保って完成することが出来るかどうかでした。ゼネコンという元請けが存在しない今回の「施主様直営の工事」。経費を抑えるためとはいえ、誰が責任を持つのか?信頼関係がないと成立しません。図面だけではイメージできません。私にとっては前代未聞のプロジェクトとなりました。安全性の確保においても、元請業者がいないため、各業者の方々には安全管理も含めて作業するよう指示することになりました。その中でも本堂全体を覆う仮屋根の足場工事などは、実績のある業者に発注しました。


【 工事時系列】

 
平成27年1月  濡れ縁解体工事着手    
平成27年2月 基礎工事     
平成27年3月  足場工事    木材発注 
平成27年4月    解体工事  
平成27年5月     小屋組材より加工着手
平成27年8月     小屋組材取付開始
平成27年11月 屋根瓦葺着手    
平成27年12月     12月完了
平成28年1月     外壁、濡縁取付着手
  4月末 屋根瓦葺完了    
  左官工事   5月完了
  塗装工事    
  木製建具工事    
  錺金物工事    
平成28年6月末 石工事    

改修工事とはいえ、ただ以前と同じ形の建物にするだけではなく、意匠的にも優れたものにし、耐震性も向上させる必要があります。まず昔の小屋組と妻の壁は全部解体しました。大きなところでは勾配のきつかった屋根の意匠を変更。柔らかなイメージの屋根にするため、棟の高さは約1m程度下げ、妻(屋根両側の▲部分)の意匠も変更。軒先と垂木も一部変更しました。下った分を持ち上げ、桔木でとめ、基本的には元の形の大きさを維持しました。耐震性においては主にベタ基礎と壁(耐震壁)を補強しました。塗装関係も予算内で収めるため職人を適材適所に使いわけしました。向拝柱や彫刻も洗いのみとしました。
 
追加工事もあり2ヶ月ほど工期は延長になりましたが、6月末に無事完成。予算についてもほぼ予定通り完了できたことについては、各協力業者の方々のおかげと実感しています。一般的な工事と異なる形での施工になりましたが、慈恩寺様や統括責任者の清水様の協力もあり、無事完成できました事に感謝している次第です。


今回の工事の工夫など

今回のメイン工事は木工事で、特に材木の発注は数量の確認ロスのないように発注しました。また、品質の見極め、次に大工職を屋根工事、外壁工事、濡れ縁工事を2組のグループに発注。その他工事も仕事の内容により、一般建築業者および社寺建築専門の業者を使い分けて発注。工事施工中には変更工事もありましたがその都度対応しました。


【  工事を終えて

結果的に今回の工事は、全面調査から竣工まで2年半、実質工期1年半を要しました。今回は各業者の職人さんとも個別に面談、週に2~3回は現場に足を運びました。工事期間中は心身共にハードな毎日となりました。しかし、設計だけではなく、長年の現場監督としての施工経験や今まで築いてきた人と人との信頼関係に大いに救われました。慈恩寺様からは「竣工して初めて、ここまで出来るとは思わなかった」と驚かれましたが、当の私もまさに同じです。
改修工事は「これまでより意匠や耐震性が良くなった」と施主様が実感されなければ意味はないのですが、今回は各業者の協力のお陰もあり、また施主様からも望外のお褒めをいただき、設計者冥利に尽きる結果となったことは誠に幸いでした。


【旧本堂】

【新本堂】